カタログギフトがとにかく 安い

「家ではじゃジなどの部屋着で仕方なく過ごしている人に、存在感を示せた」と好調の原因を分析する。
扱う商品のほとんどが国産。
というのも、3L以上はJ一S規格になく、メーカーによるサイズのばらつきも大きいので、親身につき合ってくれる経験豊富な業者との連携が不可欠だからだ。
自ずと受注生産体制に近い状況になるらしい。
カタログを見れば、総絹の大島紬のスーツなど七万円近くするが、これがけっこう出るという。
島精機製作所という、日本の高級セーターのシェア七割を占める編み機で作られたセーターも自慢の品だ。
K・Sは「水着もよう売れたね」とカタログの該当ページをめくる。
集めて、意見を聞いてからカタログ制作に入るが、みな積極的で、ここから商品が生まれたケースも珍しくないらしい。
「ネックレスの標準ですが、これだと『首輪になっちゃう』から、もっと長めのを作って、などという意見は参考にさせてもらいました」およそ太めといってもいろいろで、モニター呼びかけに応じる女性が、K・Kの目には「以前くびれがあったのが、そうでもなくなった程度」で、自分で言うほど太って見えないことも再三だという。
シニア向けカタログモデルの女王同社の主要顧客は五〇代プラスマイナスー五歳だというが、その年代に到ると諦めのS・Y地に達するのか、みな「ダイエットしようなんて思わない」のだという。
「ウェストを絞ったものも売れない」とか。
二〇〇二年に売り出したパじゃマの注文も4~7Lに殺到している。
じゃストフィットのものより、さらなるゆったりめのものを求めるからだ。
若い男性、というイメージだったネットショップも、いざ(二〇〇〇年に)始めてみると、七〇代のおばあちゃんもアクセスしてきます」(K・K)ウェブサイトは社内スタッフで作成。
費用対効果も高いそうだ。
「例えば、うちのカタログで一万九八〇〇円で売られる商品が八万円もしていたことがありました」(K・K)カタログの体裁だが、一時は千趣会風のきれいな構成にしていたこともある。
しかし、まったく購買に結びつかなかった。
細かい話だが、紙が厚いほうがユーザーのレスポンスが上がる。
また、マット紙(ツヤなしでU社などが用いる)よりコート紙のほうが、ユーザーテストの結果、圧倒的に評判がよかったという。
印刷で色を忠実に出すと、素材感が損なわれる。
印刷工たちは、通販カタログは嫌がるものなのだそうだ。
年七回計二〇〇万部発行の、全七〇ページほどの同社の薄手なカタログの一画には雑貨類も充実している。
「これ今じゃ、どの総合カタログ本にも載ってますが、最初に手がけたのはうちですわ。
よう売れますねん。
老いてなお盛ん?そりゃそうや。
遊びでセックスする年代やなし」そう語るK・Kはまた、通販カタログには「この人が出ると売上げがめっぽう上がる」とH通販のカタログ『花もめん』の表紙は上條恵理子というモデルの存在も教えてくれた。
「ポーズからしてまるで違って、見栄えがようなります。
ベルーナさん、ニッセンさん、京都通販さん、どこも使うてはります。
ギャラはもう大阪のモデルの倍取られよりますけど、その価値は十分ですわ」所属事務所に問い合わせたら、上條は一般女性誌でも一線級のベテラン。
だが、実際はカタログの読者の年齢層に比べれば若い。
しかし、K・K曰く「モデルも肥えた年輩の方やったら夢がない」。
通販カタログに夢を見出す女性たちの目も、とても肥えているのだ。
下着に特化しているビーチーション(以下PJ)は、斬新なカタログ作りで、今若い女性に圧倒的に支持されている。
同社の二〇〇二年度年商は一三四億円で、JADMAのランキングでは五四位から四二位と着実に伸長。
歌手の浜崎あゆみとも深い親交があるという社長のN・Mは、日本テレビ系の人気番組などにも出演し、その生き方も含め、ファッションーリーダーとしてカリスマ的存在だ。
二〇〇三年の一月中旬、東京・池袋にある同社を訪ねると、まずはそこで働く女性たちのキビキビとした姿に圧倒された。
広いワンフロアの片隅で、私はまずN・Mと取材交渉をした。
分単位のスケジュールで動くN・Mに本書の趣旨を説明する私自身が、成功者たちを説得し、開業資金を提供してもらおうというビジネスーエンターテインメント番組だ。
十数分の交渉の結果、N・Mとは日を改め、カタログ制作の現場で会う了解を得て、まずはひと安心。
社長秘書の安倍もと子に同社のカタログ作りについて説明してもらう。
により近い色と形をお伝えできる写真と、見えない部分(ディテール、素材、機能など)を謳ったコピーがカタログ制作の基本。
写真の修整は最小限に抑えています」ところで、女性下着が『PJ』のように華やかになってきたのってどういうわけだ?は、たとえ外見はシンプルであっても、内側では自己を表現しようと、下着は可愛いものに惹かれ、カラフルにとなるんです。
奥が深い世界ですよ」社長であり現場監督であり取材当日、私は広尾にある某スタジオを訪れた。
そこでは、白ホリゾントの上下ニフロアを使って、五月半ばに発行の『PJ』夏号の表紙と内容の一部を同時進行で撮影中だ。
クロアチアから来日したというモデルのイレーヌが、華奢な体躯をフェミニンなナイテイウェアに包み、すっくと立つ。
バックは平面的に彼女の部屋をイメージして装飾されている。
スタッフは約一〇名。
女性ディレクターの演出に基づき、スタイリスト、メイクアップがテキパキと準備、カメラマンの小H和史がスタジオの係に指示を細かく出し、慣れた調子で撮影を進める。
それぞれに助手がつき、彼らの顔には緊張感も漂うが、どこか和やかなチームワークの場。
そんな中で、イレーヌが所属するプロダクッションのマネージャーは宣材を広げ、だ。
それだけ要求されるカット数が違うのだ。
総合通販のカタログには較べるべくもないが、それでも下着だけで一五〇ぺージ前後はある。
壁のコルクボードには今回の撮影のサムネイル(綿密なスケッチ)がピンナップされ、ほぼその通りに進行していることが、横に確認のため貼られたポラロイドから理解できる。
全撮影には、およそ一か月、のべ日数で二週間かけるという。
上階での撮影が終了し、社長秘書の安倍に呼ばれて、私は社長のN・Mと彼女の右腕、クリエイティブーディレクターのS・Tとあらためて挨拶を交わす。
N・MとS・TはコピーライターのI・Sとの鼎談集『胸から伝わる』で息の合った問答を披露しており、今回もぜひ二人揃って取材を受けて欲しかったのだ。
宮城県仙台出身のN・Mは一九歳で上京。
そこでアルバイト入社した制作プロダクッションでS・Tに会う。
七歳年上のS・Tはすでにコピーツィターとして独立していた。
てみたかったけど、どうしたらいいかもわからなかった」ビーチ・ジョンのカタログよりそんな無垢なN・Mを、S・Tは「捨て置けないタイプ」と評す。
その会社は、いかにもギョーカイ人を気取るような連中ばかりだったが、N・MとS・Tは昼食のサンドウィッチを分け合うなど、さり気ないことから通じ合っていった。
同じようにN・Mに目をかけてくれ、仕事の一切合切を手取り足取り教えてくれたアートディレクターがいたが、八五年の日航機墜落事故で還らぬ人となったという。
その後、N・Mが通販に乗り出した際、最初のカタログは全部自分で作ったが、その時彼に叩き込まれたノウハウが大いに役に立った。
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